ラノベ家庭教師ミステリ(パロなので設定等原作と違います)
つい、そして全く終わっていません。絵は描かないと手が鈍るのでつい。
コメント拍手有り難うございます~
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で、ラノベ家庭教師ミステリ(パロ)
(それにしてもここのしだれ桜はずいぶん遅い)
障子の合間の、キレイに磨き上げられた窓から見える桜を眺めながら全は思う。
5月の連休も終わってしばらく経つというのにまだ咲き乱れている。夕方、まだ日の長い赤い光の中で枝が風に揺れ、花びらが降る。
豪邸にふさわしく整えられた広大な庭に音もなく舞い落ちる白い花びらを見ていると、どことなく、違う世界に迷い込んでしまう気がした。
「ねえ、先生、ここよくわかんないよ」近くで声がした。慌てて視線を元に戻す。
声の主はシャーペンの頭を口に当てながら「この公式使うんじゃないの?」と呟いている。
全の家庭教師の生徒、奴良リクオという。GW明けから教えはじめて、今日が二回目の授業だ。
亜麻色の髪に縁なしの眼鏡をかけて、白いシャツにプレスの効いたチノパン。まだ子供っぽさの抜けきらない大きな目で全を見つめる。
「ああ、これはこの公式つかうんだけどよ…」
全は正直言って家庭教師には向いていない。とくに得意な理数系は教えるのが苦手だ。なぜ判らないのか判らないことが多いのだ。さらについそのことを口に出してしまう。(なんでわからねえのかわからねえ、など)そのせいで以前家庭教師に出向いた先で生徒を怒らせてしまうことがたびたびあった。
「そうなの…?じゃあここを変形させるのかな…よし!」
リクオは腕まくりをして問題に向き直る。その点今度の生徒はずいぶんと教えやすかった。少し教えてやれば後は自分で解いてしまう。もとから頭が良いのだろう。むしろ教える必要はないのではないかと思いもするが、全としては有り難かった。
(家庭教師以外、立ち仕事とか、ましてや稼ぎの良い力仕事はできねえしな…)
全に親はいない、養い親はおり、養い親から実の両親は死んだと聞かされている。養い親は昔両親に世話になったのだという。身寄りのない全を引き取り面倒を見てくれた。
ただ、全は養い親と一緒に暮らしたことがほとんどなかった。途方もなく体が弱かったためだ。どこが悪いという訳ではないのに、死線をさまよったことが片手に余るほどある。記憶にある幼少時代から体調がよいということがほぼなかった。成長して大検を受けて大学に進んだ今も、病院に定期的に通うことを条件に通学および一人暮らしを許されている。
そんな全だから、普通の学生が行うようなレジの仕事や、飲食店の仕事が出来なかった。倒れるのが目に見えている。実入りの良い引っ越しやイベントのバイトなどはもってのほかだ。
(通わせて貰うのは俺の我が儘だ、小遣いくらい稼ぎてえ)
その点、家庭教師のバイトは、準備や相手の家に行くまでの時間など、拘束時間は多めだが、ずっと座ってできる。全には適したバイトだ。
「あ、できたよ、先生」
リクオが嬉しそうな顔をして言う。リクオはこの家の一人息子で、大学までエスカレーター式の私立中学に通う一年生。中学一年生、しかもエスカレーターで家庭教師を雇うのも不思議に思わないでもないが、そこは金持ちのなせる技なのだろう。
奴良家はここ一体の地主であり、複数の不動産を抱え、また手広く事業を行っているいわゆる富豪だった。
故に家も途方もなく広い。最初に来たとき、病院の白い広さになれていた全も戸惑ったほどだ。住宅街を抜けると漆喰の塀が有り、それが延々と続く。やがて大きな門(アルミなどのものではなく寺にあるそれに近い)があり、くぐるとこれまた何かの文化遺産ではないのかと思うような二階建ての和風建築の母屋、離れ、倉等が並んでいる。
全は最初それらを見て「ここはだめだな」と思った。こんな豪邸で暮らしている坊ちゃんと自分がうまくやれるとは思えない。
だいたい全は人をおだてるとか、おべっかを使うとか、敬うとかそういうコミュニケーションに長けていない。病院暮らしが長すぎて主(あるじ)のようになってしまったせいなのかもしれない。他の患者や子どもや医師看護婦に対してもため口を聞いてしまいがちだ。しかしこんな豪邸に住む一人息子とくれば、世界が自分を中心に回っていると思っていてもしょうがないだろう。
せっかく唯一出来る家庭教師の仕事を知り合いに紹介して貰ったのだが、これは自分には「よい仕事」過ぎるのではないか。
しかし意外にも意外、一人息子の坊ちゃんはなんともあたりのよい少年だった。
自分の境遇を鼻にかけることもなく、全に親がいないことも知りながら(この家庭教師を行うにあたり個人情報を含む履歴書を提出した)それを見下すそぶりも見せない。むしろまともに学校も行かないまま薬学部に受かった全を尊敬するほどだった。
勉強の飲み込みも早く、意欲もある。
ゴールデンウィークの後から思い切ってはじめたバイトは思ったより順調だと思えた。
「先生ももう学校なんだよね?」リクオがノートから顔を上げて問いかけてくる。
「ああ、でもこの曜日は午前で終わるから」午前授業だけの日は夕方から、他の日は夜に家庭教師を入れていた。
「午前だけなんだ?あれ?先生お昼食べた?」きょろっとリクオが首をかしげる。全はうなった。なぜなら授業のあと食べるのが面倒でそのままバイトに来てしまったから。
「…食べて、ねえ」全はおべっかを言うのが苦手だが、嘘を言うのも苦手だった。
リクオは眉をひそめる。
「だめだよ、ぜんさん、やっぱ小食なんだ。食べないと体調悪くするよ」
リクオはその恵まれた境遇のせいなのかなんなのか、やたら面倒見がよい。世話焼きである。
家庭教師当日からそうだった。緊張のためか少し青ざめていた全を見ると、手伝いのものに冷たいお茶を下げさせ暖かいものを改めて煎れさせた。
それでいて、頑張って勉強しますからよろしくお願いしますとにこにこと笑って言う。
「勉強終わったら食べるよ」
「勉強終わったら夕飯出すけど、今も空腹のままじゃだめだよ、なんかおやつ出させるね。あんまり夕飯に響かないやつ」
リクオはすぐに廊下に出て人を呼んでしまう。「温かいお茶もね」という声が聞こえた。
「悪いな」
「いいんだよ、教えて貰ってるのはこっちなんだし」
眼鏡の奥で茶色い目が嬉しそうに笑う。
「こっちは金貰って教えてるんだよ」
食事は有り難いが、正直家庭教師ごときでそこまで面倒を見て貰ういわれはないだろう。
「んーじゃあねえ」
リクオは考えるように斜め上を見て「じゃあいつも通り、先生のこと教えてよ」
「そんなんでいいのかよ、大した経験もしてねえぞ」
リクオは人の、全の話を聞きたがった。
全は対して人に話すような経験やら思い出を持っていない。長年の病院生活で必然的に得てしまった医学知識や、大学で習いかけの知識くらいだ。それでも「先生はすごいなあ」といって嬉しそうに聞いてくれる。あとは家族といえるのか判らない、養い親のことや、さらによくわからない自分のことくらい。
それでもリクオは嬉しそうに聞いてくれる。
「いいんだよ、ぜんさんのこと知りたいんだから」
ぜん、と呼ぶ声がずいぶん舌足らずなのが気になった。
結局軽食を食べ勉強を続けた後、リクオの主張通り夕飯もごちそうになった。豪勢なごちそうで皿の数が普通の夕食と明らかに違う。ずいぶん時間がかかってしまった。
さらにリクオの若い母親にお土産としてお菓子も貰いそうになり、精一杯断る。
まだ家庭教師を始めて間もないというのに、あれやこれやと構いたがるのは血筋なのだろうか。
あらいいじゃないの、いえもう腹一杯なので、とてもご飯おいしかったです。ありがとう、よかったわー、という会話を行う。
そのまま、じゃあリクオ駅まで送っていってあげなさいな、と自然に言われた。
「いや、一人で大丈夫ですから」
前回、初めての授業の時も一人で帰っているのだ。今回だってちょっと時間が遅いだけで、問題なく帰れる。
「でもねえ」
リクオの母親は少女のようなかんばせに手を当てて、少し困った表情をした。
「間違えられたらいけないと、思うのよ」
「?」
言っていることがよくわからない、もう一回質問しようとするとリクオが口を挟んできた。
「僕、駅前の本屋で買いたい雑誌があるから、一緒に行ってもいい?」
「…いいけど」
用事があるならば全に断る理由はない。結局駅まで一緒に行くことになった。
和風建築の豪邸を出て塀伝いに歩くと、見慣れた住宅街に入る。治安のよい高級住宅街なのだが、その分夜の人通りは少なかった。車も通らない。
青い電球が煌々と夜道を照らしている。静かだ。時折各家の中から物音がするくらい。
リクオが身長より長い影をなびかせながら先を歩く。
2人の足音がやけに響いた。
足音を聞いてふと全は思った。中学一年生が一人で夜道を歩く方が危険なのではないか。
いくら親の承認があったとしても、治安の良い場所だとしても、未成年1人である。
「なあおい、リクオ…(初日に名前で呼ぶよう請われた)は、1人で帰って大丈夫なのかよ」
リクオが振り返る。暗くてよく表情が読めないが笑ったようだった。
「僕は大丈夫だよ」
「誰か…手伝いの人でも駅についたら呼んだ方がよくねえのか」
「これからお客さんが結構来るんで、それの準備で忙しいから」
「客?これから?こんな時間にか?」
普通の家庭なら夕飯も終わり、風呂に入ろうとする時間帯である。こんな時間に来客が来るのであったら、自分は夕食など取らずもっと早く帰るべきだったのではないか。
「ああ、いっつもこんな時間なんだ。だから気にしないで」
リクオがフォローするように言う。
「大変だな」
金持ちには金持ちなりのつきあいというものがあるのだろうか。
「結構みんな時間にルーズだからさ、遅れてくる人も多いんだけど、今ぐらいの時間から集まりはじめるんだ」
リクオは背筋を伸ばしながら言う。
「だから、先生は間違えられちゃ、いけないから」
間違えられちゃいけない。
どういうことだろう、と全は思った。たしかリクオの母親も同じようなことを言っていた気がする。
間違えられたらいけない、何を、だれに、間違えられたらいけないというのか。
そういえば、と全は気づく。
奴良家からこの帰り道に、誰にも会っていない。リクオは先ほど「今ぐらいの時間から集まる」と言った。ならばこの駅までの道で集まってくる客に遭遇してもよいのではないか。
それなのに人影は見えない。車の物音さえもしない。
奴良家の周りは静かだった。
静かで、青い電球が煌々と夜道を照らしている。
「間違えられたらいけないってどういうことだ?」
全が聞くとリクオはやはりにっこりと笑った。
だが、勉強を教えていたときのリクオとは違う笑い方。
目を細めて、少し年を取った、青年のような。
「ねえ、先生、羽根を取られたことはない?」
リクオはその笑みのまま言った。
「…なんだよ羽根って」
言っていることがさっぱりわからない。
「きれいな羽根が欲しい人は結構いるからさ、間違えられちゃいけないから」
「羽根なんか俺は持ってねえ」
そんなものは持っていない。羽根を集める趣味を持った覚えもない。
「まだ出てないんだ。それとも気づいてないのかな」
言っていることがさっぱりわからない。何に気づいていないというのか。つい声を荒げる。
「おい…」
と、駅に着いた。蛍光灯の白い光がまぶしい。
リクオがもう一回にこりと笑う。今度はいつもの、明るい笑い方。
「じゃあ、僕本屋行くね!」
そのまま駆け出す。結局全は質問の答えを貰わないままだ。
「”ぜん” じゃあまた今度!」
リクオがくるりと振り返って付け加える。
敬称を付けずに名前をそのまま呼ばれて、とっさに返事が出来なかった。
「また今度教えてね、先生!」
****つづくかも!
[25回]
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